2022年9月、世田谷区にある桜上水駅から徒歩5分の住宅街に、「暮らしながら働ける」をコンセプトにしたSOHO可能アパートメントが誕生しました。その名も「wdsビル」です。
暮らし方や働き方、つまりはそれらをひっくるめった各個人の”ライフスタイル”の多様化が進む昨今。2020年に突如あらわれた新型コロナウイルスの猛威は、働く環境を半ば強制的に”住まい”に持ち込む状況をつくりだし、ライフスタイルの多様化を加速させました。多くの人が、「暮らすことと働くことの関係性」という大きな問いに向き合い始めたのではないでしょうか。
そして、暮らすことと働くことが共存するライフスタイルをあらゆる形で体現する住まいとして、 “小商い建築”※1と筆者が呼ぶ職住一体型の建築物が注目を集め始めています。「暮らしながら働ける」をコンセプトとしたwdsビルも、そうした小商い建築の一つ。ここではどのような職住一体型ライフスタイルが繰り広げられるのでしょうか。wdsビルができるまでのお話を、オーナーの江田幹さん、設計者の駒田剛司さん、由香さん夫妻(駒田建築設計事務所)に聞きました。
自宅の必要条件の変化と、賃貸ビジネスへの興味
wdsビルの敷地には、元々江田さん家族が住む一軒家が建っていました。江田さんは現在、奥様と子ども2人の4人で暮らしていますが、10年後には子どもたちが独り立ちし、家から出ていくことが想定されました。以前より、将来自宅をどうするかぼんやりと考えてはいたのですが、夫婦2人暮らしになることを想像すると、敷地と家が大きすぎて使いきれず、空間がデッドスペースになってしまうことに違和感を持ちました。家は大きければ良い訳ではなく、ちょうど良い面積で暮らしやすい方が良いと思ったことが、建て替えと今回の事業に踏み切ったきっかけの一つになっているそうです。
そして、兼ねてより交流があり、本案件の企画コンサルティングとリーシング、管理を担当したPM工房社・久保田大介さんから、ターゲットユーザーを絞った賃貸ビジネスについて話を聞き、興味を持っていました。
「世の中にある多くの商品は、ターゲットを設定し開発や販売プランを練っていると思いますが、不動産を”商品”だと捉えた時、どこか画一的で横並びになっているのではないかと感じていました。」と江田さんは話します。
賃貸部屋が商品であれば、入居者であるユーザーをターゲティングすることは必要不可欠であることに気づきます。そして商品(部屋)を誰に届けるか、より明確にすることで母数は少なくとも確実に存在するターゲットユーザーに届きやすくなるのです。今回の賃貸住宅は8戸で、100戸あるような大型賃貸住宅ではありません。マーケットとしては住環境のみの賃貸住宅の方がもちろん大きいですが、あえて職住一体型住居として差別化を図り、暮らしながら働けるというコンセプトを押し出すことにしました。設計や施工が進んでいく中、入居者が集まるのか不安が無かったと言えば嘘になりますが、建物完成後すぐに“暮らしながら働きたい”人たちから続々と申し込みがあり、ニーズが目に見える結果となり安心しています。
同じ間取りのない、9つの住戸
wdsビルは、RC造の地上4階建てで、1階に2住戸、2階に3住戸、3階に3住戸、4階に1住戸と合計9住戸が入っています。その内、1階と2階一部の1住戸にはオーナーである江田さんご家族が暮らしています。
8つの賃貸住戸の1住戸あたりの面積は30-40m2ほど。各住戸は15m2程度の部屋のマスが2つ繋がるようにつくられています。1つは”住”側スペース、1つは”職”側スペースで想定され、8つの住戸はあらゆる使い方シミュレーションを経て、全て異なる間取りとなっています。そして、各住戸の間取りのキモとなっているのが、トイレやシャワーが入る“水まわりボックス”の大きさと配置です。
「ベッドの配置やワークスペースの確保など、多様な使い方を許容するためには水まわりボックスを最小限にする必要がありました。また、ボックスの位置が10cmずれるだけで家具の配置や使い方、動線に影響がでるため、多くのパターン検討と議論を重ねました。」と由香さん。
水まわりボックスは、トイレとシャワー、洗面、洗濯機置き場から構成されています。部屋によって、それらが一体となったり、2つに分かれたりと様々です。トイレは、職住一体型住戸で来客がある際に、お客さんをプライベートエリアに招かずとも使用できることを配置の条件としました。また、入居する人が1人なのか2人なのかでベッドの大きさやクローゼットの必要サイズも変わってきます。
西葛西でコワーキング施設FEoT※2の運営をしていて、現代の暮らし方や働き方の情報はアップデートされていました。月の半分ほどしか出社しない人もいれば、平日は会社員で週末起業している人もいます。水まわりボックスの配置は、こうしたあらゆるライフスタイルを受け止めることを前提としたスペースの確保と生活動線の具体的なシミュレーションによって、空間を隔てたりつなげたりする役割を持って導き出されています。
また、各部屋には、賃貸住宅では珍しい幅3mほどの大きなテーブルが初期設置されていることも特徴です。
「賃貸住宅における備え付け家具は決して珍しいものではなく、ハウスメーカーでも取り入れられており、スタンダードだと考えています。同程度面積の賃貸住宅の使われ方を見ると、ソファとローテーブル、小さなデスクを配置する人が多く、ダイニングテーブルのような大きな机を置くケースは少なく見受けられました。そこで今回はあえて、大きなテーブルを備え付け家具とすることで、賃貸でありながらダイニングテーブルで食事をするシーンが生まれることや、仕事をする際に物を多く広げられる作業台にもなることを意図しました。」と駒田さん夫妻は話します。どのように自分らしいライフスタイルを作っていくのか想像することは、職住一体型生活の醍醐味です。大きなテーブルは、今まで家の外でしていた”働く”という行為を家の中へ持ち込む際の、使い方を後押しする仕掛けにもなっています。
そして、8つの賃貸住戸のうち、1階の角部屋にあたる102号室が菓子工房付住戸となっていることは大きな特徴です。地域との接点にもなり得るこの住戸の使い方が決まるまでは、シェアキッチンやコーヒースタンド、パン屋など紆余曲折ありました。長年この場所で生活している江田さんは、この場所がお店になるイメージが持てず、それであれば製造がメインである菓子工房にしようと決まりました。
「この部屋の家賃は、一般的な居住スペースのみの賃貸住戸としてはもちろん安くありませんが、スタートアップの人に向いています。仮に焼き菓子屋を事業としてゼロから立ち上げようとすると、店舗改修費を含め、初期費用で多額の費用がかかりリスクが大きいですが、この場所なら家賃を払うだけでOKです。これからビジネスを始める方々の踏み台に、喜んでなりたいと思いました。」と江田さん。
2021年6月、食品衛生法の改正があり、菓子製造業許可を受けた施設では、購入したお菓子に飲料を添えて施設内で提供することができるようになりました。製造をメインにしながら、小さくひらいて飲食をすることも可能です。
wdsビルの入居者が交流するきっかけの場所として、またビルとまちの接点になる場所として、賃貸住宅が無理なく暮らしの延長でひらかれる手がかりの好事例になっています。
シンプルで可変可能な構造計画が生む、多面的な豊かさ
wdsビルは、平面的にみると9つの部屋のマスに分かれており、それらのマスの繋がり方によって、多様な職住一体環境がつくりだされています。マスをつくるようグリッド状に配置された壁は、建物構造上無理のない、シンプルでバランスの良い構造計画を実現しています。
通常、各住戸が構造のユニットになり、そのユニットが規則的に反復されるように設計されることも多い集合住宅。しかし、駒田建築設計事務所が手がけるこの集合住宅には、いわゆる“住戸ユニット”が存在しません。 建物全体を15m2ほどの”部屋”の集合体と捉え、敷地の環境や光の入り方、動線の計画などのあらゆる条件を紐解きながら、”部屋”の組み合わせによって住戸が誕生しているのです。
この”部屋”は、構造上のユニットとイコールではありません。住戸同士を隔てる壁はコンクリートブロックによる界壁が用いられていて、将来はこの界壁を取り払い、部屋の組み合わせ方を変更し、50m2の部屋をつくったり、はたまた全ての部屋を連結させた120m2ほどの部屋をつくりだすことも可能となっているのです。
「これからの集合住宅は、変化に対応できることがスタンダードになっていくのではないでしょうか。建物は、時代の変化と共に何十年と残るので、今のマーケットだけを対象にして造ってしまうと、あっという間に時代遅れになってしまいます。今回の計画も、僕たちは十分スタンダードであると考えているし、10-20年も経てば一般化されるのではないでしょうか。」と話す剛司さん。この構造計画は、駒田建築設計事務所が企画から設計、運営までを手がける西葛西アパートメント2※3で実現したものに考え方が近く、江田さんが初めて西葛西アパートメント2を訪れた際に、RC造でありながら将来の可変性にも対応できることに心を動かされ、強い関心を持ったそうです。
江田さんは、壁のDIY商材を扱うビジネスを手がけているため、“壁”をテーマにした設計を考えていたと剛司さんは言います。
この建物は、3m前後のグリッドとなる基準線から作られています。1辺が3m程度の部屋の大きさは9m2で、畳約6畳分の広さ。誰もが使い方をイメージしやすい、住環境に身近なスケール感です。また、敷地は住宅街でありながら3方道路といった好立地で表裏の無いことが特徴でした。3方向それぞれに向かって屋内からの視線の抜けをつくるよう、風車状の構造壁配置を考えたことが始まりです。グリッドの基準線は、建物内部から屋外まで横断しているため、テラスや緑豊かな植栽帯、バルコニー、外階段など、各住戸に付随する小さな外部環境も同時につくりだしています。
各住戸への入り口となる階段室は建物中央に最小限に計画されていますが、外階段で直接アクセスのできる住戸が2階に2つ(202号室、203号室)、3階に1つ(303号室)あります。これらは、中央に配置した最小限の階段室と各住戸の動線計画上、階段室からのアプローチが難しいという理由もありますが、それ以上に、敷地の外から個別住戸への直接的なアプローチを可能としていることが、職住一体型賃貸において、使い方や運用の可能性を広げる大きな効果を生み出しています。
住人の暮らしや働き方が表出するデザイン
初めてこの建物を訪れた時まず目に入るのは、波板の鋼板やレンガタイルなど、複数の素材がパッチワークのように貼られた愉しさを感じる外観です。同じバルコニーが反復した集合住宅の外観のそれとは大きく異なる、まさに職住一体を表す複合施設のような出立ちです。そして中に入ると、各住戸の屋内の壁にもあらゆる塗装色が用いられていて、その色を反射した部屋は、RC造であることを感じさせないほど温かみがあり、それぞれに異なる印象を持ち得ています。
また、各住戸の部屋のマスは床の段差を介して繋がっていることも特徴です。この段差は、外へ抜ける視点の変化や、天井高さの違いを含めた空間の緩やかな切り替えなど、職住というある種の異種時間が接近した生活を受けとめるため、均質化を避けた空間の凹凸になっています。
こうして配置された多方向に抜ける壁や床の段差、バルコニー、外階段があること、そして外観に貼られた複数の素材などは、このビルで生まれる暮らしや働き方の多様性がエレベーションに現れることも意図されています。
動き出す、wdsビル
2022年10月に入居者募集を開始し、12月中旬には申し込みを含めて満室となり、注目度の高さが伺えます。入居者はもちろん職住一体型の暮らしを希望する方々で、焼き菓子を製造しながら暮らす方や雑貨屋を営む方など、そのライフスタイルは多岐にわたっています。
「暮らしながら働ける」というコンセプトに興味を持ち、このライフスタイルを実践する人たちが集まってきてくれました。コミュニティハウスではないので、イベントの積極的な企画などを現時点で行う予定はありませんが、”職”を介して入居者同士の交流が起こったり、自然な流れの中で必要があれば、みんなで集まる機会もつくるかもしれないと江田さんは話します。
子どもが小さい頃は、近所の家でご飯を食べてきたり、お風呂に入って帰ってきたりと、地域にとてもお世話になりました。自宅を建て替え、この場所の運営がはじまり、自分が地域に助けられたような関係性が生まれるように、まちとのつながりを考えていく責任感のようなものがあると言います。
1階の南側にある小さなテラススペースは、102号室の専有部ではあるのですが、境界塀などなくオープンな状態になっているので、早速近所の人が縁側のように座っている様子が見られたそうです。
「テラスは建ぺい率の都合上、建てられない範囲ですが、まちとつながる曖昧な居場所としてとても有意義です。近所の人との立ち話が始まったり、子どもたちが寄り道できたり、時に小さいマルシェが始まったり。まちの中で、こうした目的無く立ち寄れる場所を大切にしたいですね」と由香さんは話します。
筆者も、職住一体型の暮らしを選択し、横浜にある商店街に面する小さなシェアショップを運営しています。そこで見えてくるのは、職住の接近による、様々な偶然性を取り込んだ刺激あるライフスタイルのかたちです。”職”を暮らしに身近にすることで、かつては当たり前だった近隣やまちとのささやかな接点が生まれ、「住所があり、消費するまち」から「使いこなし、参加し、自分たちでつくり出すまち」へと、愛着の醸成と意識の変化がおこっていくのです。
wdsビルは、桜上水というまちに暮らし、働くことを決めた人を新たに迎え入れました。彼らの生活の重なり合いが、小さくても確かな“新しい出来事”をこのまちに生み出していくことでしょう。どのようなまちとの関わり合いが起こり、どのように地域を動かしていくのか、これからをとても楽しみに観察したいと思います。
[文/神永侑子]
※1:小商い建築・・・「小商い建築、まちを動かす!」(リンク)という書籍タイトルより引用した職住一体型建物の一種。
※2:FEoT・・・駒田さん夫妻が企画から設計、運営までを行うコワーキング施設。
※3:西葛西アパートメント2・・・駒田建築設計事務所が事業主であり、設計から運営まで行う複合型の集合住宅。1階にパン屋さん、2階にコワーキング施設FEoTが入る。
神永侑子(かみながゆうこ)
AKINAI GARDEN STUDIO 共同代表/YADOKARI株式会社アーキテクチャーデザイン。2012年愛知工業大学卒業。同年〜2020年株式会社オンデザインパートナーズ勤務。2018年、横浜弘明寺にシェア店舗アキナイガーデンの開業と共にAKINAI GARDEN STUDIO設立。建築設計をメインとして企画から運営まで一貫した活動に取り組む。共同編著書に「小商い建築、まちを動かす」(2022年)
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